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“キャッチーさ”という思考の暴挙

 社内でこんな言葉を耳にする。

「プレゼン資料は見た目。伝わりやすさが一番。キャッチーにしなければならない。」

 この言葉は、企業人なら誰しもが出くわす言葉であるし、巷で発刊されている「プレゼン資料の作り方」という本の多くに書かれている言葉であろう。この言葉を否定はしないが、全てを鵜呑みにしていては、恐ろしいことが起きるのも、また事実である。

 「著作権侵害が問題となる場合は稀なケース」、「これまで一度も問題が起きなかったではないか」などと反論する恐れ知らずの社員も中にはいるが、近年訴訟提起までのハードルが法改正により下がったことまでは考えてくれてはいないのだろう。

 法務の人たちは、そうした質問が来たとき、アタマの中で、著作権救済策の簡便化や刑事罰の厳格化など社会の動きを踏まえて、「その資料はNGです。」と回答しているのである。

 

目次

1.著作権侵害のhorror story

2.刑事罰の厳格化の流れ

3.民事訴訟の恐怖

4.まとめ

 

1.著作権侵害のhorror story

 著作権について考えず資料を作成していると、ある時突然裁判所から封筒が届くのである。

著作権侵害に対する民事裁判の訴状である。さらに、悪質と判断される場合、刑事罰の対象ともなるのだ。 

参照:文化庁「令和4年著作権テキスト」より

 一息つくにはまだ早い。それがニュースになれば、企業価値が毀損するため、株価下落は免れない。また、近年のサプライチェーン管理という観点から、著作権侵害をした企業と関係ない取引先に対しても経緯の説明と対応策についての説明がもとめられるのである。

 「権利処理」というひと手間をしなかった代償はとてつもない大きな形で返ってくるのである。

 

2.刑事罰の厳格化の流れ

 知的財産関連の法律の法改正の速度は、他の法律に比べて著しく早いペースで行われる。パソコンやインターネット、AI技術の発展に併せてそれに対応した法改正がなされていくのである。特にインターネットの台頭によって、著作物のあり方は大きく様変わりした。誰しもが、自由に作品を創造・発表できるようになった(こうしたブログもまたその一つである)。「1億総クリエーター時代」と言われる現代において、当然ながら著作権侵害の件数も急増し、それに対応するために年々厳罰化されているというわけだ。

 例えば、著作権等侵害罪(著作権法119条、124条)を見てみよう。

 

昭和45年

昭和58年

平成8年

平成16年

平成18年

(個人)懲役刑

3年以下

3年以下

3年以下

5年以下

10年以下

(個人)罰金刑

30万以下

100万以下

300万以下

500万以下

1000万以下

(法人)罰金刑

1億5000万以下

 

 

 

3億以下

 

 このほかにも、近年では違法アップロードコンテンツのダウンロードの処罰化など処罰範囲自体も拡大している。

 こうした背景が、法務の人が、口を酸っぱくして「いちゃもん」をつけている理由なのだ。

 

3.民事訴訟の恐怖

 先に書いた通り、民事訴訟などのリスクも当然存在する。裁判に負ければ、当然損害賠償を支払わなければならないし、専門の弁護士に依頼するとなると、弁護士費用もバカにはならない。

 民事訴訟として考えておく必要があるのは、①差止請求、②損害賠償請求、③不当利得返還請求、④名誉回復措置請求であるが、特に損害賠償請求のリスクが怖いところである。

 記事の転載等の損害賠償額は平均して100万円程度に収まるケースが多いのが事実ではあるが、最近では「ファスト映画」として映画のネタバレサイトを運営していた会社は約5億円もの損害賠償命令が出たケースもある。 

 実際のところ、日本人は、訴訟を忌み嫌う性格であるため、実はそこまで大きな問題ではない。しかし、インターネットの発達によって、知らず知らずのうちに海外の著作物に簡単にリーチできることが一番の恐怖である。

 アメリカでは、「コピーライトトロール」というビジネスが存在し、著作権侵害を常に見張っており、著作権許諾料を収益とする企業が存在するのだ。

 法務の人たちは、実は「海の向こう側」の様子にも気を張り巡らしていたのである。

 

4.まとめ

 これまで、半ば脅しような話が続いたが、著作権法はあくまで「著作者が安心して著作物を創造でき、著作物を公正に利用することを確保することによって、文化の発展に貢献すること」を目的としたものである。

 適切に利用すれば、よりキャッチーでより良い資料が作れることは間違いないし、法務の人たちもそれを望んでいるだけなのだ。

 「その資料はNGです。」の一文の裏には、こうした事情が存在するのである。